2025 年 12 月、仙台へ一泊二日の旅行に行ってきました。
19 日の夜、新宿から夜行バスで仙台へりました。初めての夜行バス体験でした。
二つのハプニングがありました。
- 座席を倒そうとして誤って SOS ボタンを押してしまい、本当にすみませんでした。
- 日本人は靴を脱ぐ習慣があります。冬は靴が厚く、匂いが気になるとは覚悟していましたが、ときどき耐えがたい悪臭が漂いました。振り返ると、後ろの高齢の男性が靴を脱いで脚を組み、私の肩の高さまで突き出しており、左側からでも靴下が鼻の前 10センチほどのところに見える始末。耐えきれずに漫画を読んでいたその男性に声をかけ、脚を指さしながら「におい、すみません」と伝えました。その後、彼は脚を右側に退けてくれましたが、少し下げた程度。呆れつつも受け入れるしかなく、「これも日本の習慣(ルール?)なのかな」と諦めました。
悪臭
この一件のあと、「次は端の列の席にしよう」と思いましたが、「そもそも次はあるのか」とも考えつつ、半分うとうとしながら眠りました。
仙台に着いたのは朝 5 時ごろ。朦朧とした頭で下車すると、とても寒かったです。
荷物を整えてから仙台駅へ。緑色のピカチュウを見かけ、ロッカーに荷物を預けました。
緑色のピカチュウ
少し歩くと吉野家が開いていたので、とても満足な朝食を食べ、仙台城へ向かいます。
朝食
音読み、訓読み:東西線、南北線、東改札、南改札、西改札
国際会議場駅に着いたころ、丁度日の出。
東西線のレール
朝日を浴びながら登ると、眺望は最高。残念ながら天守は存在しません。
仙台城からの眺望
仙台城からの眺望
伊達政宗
駅へ戻る途中の林で魯迅の記念像を見ました。仙台には魯迅の教室も公開されていますが、時間がなく今回は割愛。
魯迅の記念像


記念像の隣には江沢民来訪の記念樹や「日中不再戦の植樹」(1967 年・盧溝橋事件 30 周年)もありました。今は2025 年の年末、両国の関係について悲観的な予想を持っています。
「日中不再戦の植樹」

そんな雑念を脇に置き、次の目的地「松島」へ向かいました。
船の予約は事前にオンラインで済ませてあり、駅前で係員に画面を見せて乗船券を受け取り。1 階の窓際は満席だったので追加料金で2 階へ行きましたが、こちらも窓際は一杯。諦めて扉を抜け、船尾へ。
快晴で微風、海と遠くの雪山が一度に望めて素晴らしかったです。



下船後は隣の瑞巌寺を拝観。古い木造建築が美しく、写真禁止なのが惜しいところ。




その頃にはすでにお腹が空いており、朝の牛丼は消化済み。牡蠣入りの冬季限定蕎麦を食べ、とても満足しました。腹ごしらえのあと、有料の橋を渡ってさらに散策。

その後も周辺を歩き、仙石線に投入されたばかりのE131 系を遠くに眺めました。乗車してみると快適です。



中央本線の211 系を思い出しました。長年走り続けている車両も、いつかE131 系のような新型になればもっと快適でしょう。
夜は駅で夕食を済ませ、ロッカーから荷物を回収してホテルへ。温泉に浸かり、休みました。
風呂上がりにアイスを持ってエレベーターに乗ると、男女の二人組がちょうどチェックインしたところ。このホテルはエレベーターでカードを使わなくてもよく、彼らが戸惑っていたので「カードはいりませんよ」と示しました。
彼らは私が外国人だと察したようで、別れ際に “good night” と言ってくれましたが、私の日本語回路が混乱し、「失礼します」を嚙んで「しれします」と返してしまい、少し気恥ずかしかったです。
ホテルの空調が暖房強めだったので冷房 24 度に調整しましたが、乾燥することを失念し、翌朝喉がとても痛くなりました。その痛みは1 週間ほど続いたので、油断していました。
2 日目のホテルの朝食では部屋番号を聞かれましたが、咄嗟に数字が出てこず、一つずつ数え、さらに失礼ながら部屋リストを覗こうとしてしまいました。スタッフは冊子を持ち上げて見えないように配慮。
朝食の牛肉羹が目に留まり、ご飯に掛けて野菜を添えて食べるととても美味しかったです。

食後は仙台の気象レーダーを見に行きましたが、このときの電車は 205 系。

E131 系と比べると、やはり新型が映えますし、中央本線も早く更新されてほしいと願いました。
仙台気象台の屋上に C バンドの気象レーダーがあり、建物の反対側には外観から X バンドと思われる小さなレーダーも設置。公開資料ではその役割や運用者を確認できませんでした。建物の横には測風塔、空き地にはウインドプロファイラや地上観測の設備があり、一箇所でこれほど多くの観測機器を見られて大満足でした。
C バンドの気象レーダー
X バンド?
測風塔
ウインドプロファイラ
夜は駅で夕食を取り、新幹線で東京へ戻って二日間の旅を締めくくりました。

はやぶさ
